2月28日弁護団の最終弁論書です(2.9竪川弾圧)

平成24年(刑わ)第392号 威力業務妨害被告事件 被 告 人  園  良 太

弁 論 要 旨 2013年2月28日
東京地方裁判所刑事第4部 御中

被告人弁護人     
弁 護 士   川 村    理
同       大 口  昭 彦
同       上 杉  崇 子


第1 はじめに

 本件は、江東区による、2006年以降の竪川河川敷公園の野宿者に対する排除計画とその推進を背景とするものであり、2012年に至り、いよいよエスカレートする強制排除に対してなされた被告人ら支援者の抗議活活動の一端が、検察官により恣意的に歪曲され、事件化されたものである。
 第2章の事実経過で述べるように、本件の一連の江東区の行動は、竪川河川敷公園の改修工事を口実とはしていても、その本質ないし実態は、改修工事を口実とした野宿者の強制排除であり、彼ら野宿者の居住権、生存権を否定することである。よって、その事実関係を全体として詳細にみていくことは、江東区による強制排除の違法性を考察するに不可欠の前提である。

 また、第3章にて見ていくように、いわゆる居住権、強制排除をされない権利は、国連人権規約や国連人権委員会決議において、誰にであれ、保障される権利である。江東区の本件強制排除の違法性を考察するについては、こうした国際人権動向にも深い配慮・考察が必要であることは言うまでもない。
 さらに、第4章で指摘するように、2月9日に行われた、江東区職員らによる被告人ら支援者の強制排除もまた庁舎管理権、管理規則からは当然に導き出せないものであって、それ自体が違法である。

 本件はこのように、公訴事実に至る以前に、江東区による数々の違法行為の積み重ねがあるのに、その点は一切無視され、検察官は、事件当日の事実の一端を恣意的に切り取ることにより、被告人を公判請求した。しかし、かかる公判請求の目的は、竪川河川敷公園の運動を抑止し、かつ、被告人の行動を抑止することにあったことは明白であって、してみれば、本件は、明らかに政治的悪意の起訴であり、それ自体違法とされるべきものであるが、この点は第5章で明らかにする。

 そして、さらに重要なことは、第6章にて詳論するとおり、被告人は、村松、貝塚らの「通常業務」を妨害したことはないのであり、公訴事実に指摘のような事実は存在せず、被告人は無罪だということである。本件事実経過、特に、警備計画とその策定と実施の経過を詳細にみると、そのことは完全に明らかである。事件当日の「レベル4」の警備実施は、被告人の行為とは全く無関係に開始され、全く無関係に終了している。村松、貝塚らが「通常業務」をできなかった原因は、被告人の行為とは全く関係がなく、上記「レベル4」の警備の実施それ自体に原因を有するものである。よって、本件に威力業務妨害は成立せず、被告人は無罪である。

第2 本件の事実経緯

1 竪川河川敷公園の野宿者に対する代執行に至る経緯

主に池田宏一郎(以下、「池田」)の証言によれば、江東区による竪川河川敷公園の野宿者排除の経過は次のとおりであったと認められる。

(1)すなわち、池田は、従前より、山谷労働者福祉会館の活動員として、野宿者支援の活動にあたっていたところ、2006年6月頃には、竪川河川敷公園に関し、江東区により、その改修工事を口実とした排除の動きが開始されたため、その支援にかかわるようになった。そして、池田らや野宿者は、江東区に対し、何回も断交を求め、数回の話し合いの後、「追い出しはしない」という荒木猛男(以下、「荒木」)の約束とともに、一旦当時の改修工事は中止となった。
  なお、当時の改修工事計画が、野宿者の排除を目的としていたことは、本件の全過程に加え、当時の江東区が出していた企画書類において「自由人が住みにくい公園を作る」云々と記載されていたことによりこれが明らかである。

(2)しかしながら、2009年3月に至り、再び改修工事の話が、それも竪川河川敷公園全体に及ぶような大規模工事の話が出てくる。この頃、近隣の墨田区ではスカイツリー建設計画が始まっており、こうした都市再開発の動きの中で再び野宿者の排除が大規模な形で企図されたのである。
  これに対し、野宿者らは、団交を求め、複数回の話し合いの後、従来の荒木らによる「追い出しはしない」との発言もあったため、一旦は改修工事に邪魔にならないエリアに移動した。

(3)ところが、上記工事の進捗過程の2010年春ころになって、江東区は、いわゆるA工区に居住する野宿者に対し、工事の際はB工区・C工区に移ることを強圧的に求めてきた。こうした江東区の対応は、「排除はしない」との従来のスタンスに反するものであり、野宿者らは当然にこれに怒り、団体交渉が数回行われた結果、江東区において、「膝詰めで今後のことを話し合っていきたい」「強制的なことはしない」ことが確約されたため、野宿者は、10月末、江東区が用意したA工区内の移転地に移動した。

(4)こうした団交の過程で荒木らは、「膝詰めで今後のことを話し合っていきたい」「強制的なことはしない」等と述べていたが、その言にもかかわらず、江東区は、その後、全く話し合いをすることなく、野宿者を暴力的に排除する路線を推し進めるようになった(なお、こうした「強制的なことはしない」発言に関し、荒木は法廷では証人調書34頁にて否定的な証言もしていたが、証人調書33頁付近ではこの発言を肯定するようでもある。この点、池田証言によれば、かかる発言は、ビデオや音声が記録され、ユーチューブ上も確認できる確たる事実とのことであり、いずれにしても、かかる発言があった事実は動かぬ事実というべきである。)。2011年春、江東区は、今度はA工区とB工区の野宿者に移動を求めてきた。これに対し、話し合いも持たれたが、荒木らは「移動しろ」の一点張りであり、その結果、同年7月13日には野宿者、支援者らによる抗議デモが実施された。

(5)こうした抗議にもかかわらず、江東区は強硬姿勢をエスカレートさせ、秋口にはB工区の野宿者を暴力的な恫喝で排除したり、10月には、巡回に現場を訪れた荒木がヤクザ風の口調で、「俺を誰だと思っているんだ」等と恫喝を行った。このように江東区の姿勢が強硬化する中、12月12日、江東区は、野宿者に対する除却命令を発した。

(6)これに対し、野宿者の大半は、本年1月21日、やむなく予定工事に支障のないエリアに移動を行った。しかしながらこうした野宿者の生活を防衛するためのやむを得ざる対応に対し、江東区は、「暴力的」であるとか「反社会的」等とのおよそいわれのない感情的な非難をし、1月27日には、荒木が指揮する約100名のガードマン等を準備し、野宿者の移動するエリアをフェンスで取り囲んで移動を不可能にして封鎖するという暴挙を行った。当日の詳しい状況は、池田証言、吉田亜矢子(以下、「吉田」という)証言のほか、弁護側提出のDVDにおいて如実に記録されている。
こうした暴挙に対し、当然にも、野宿者とその支援者吉田らは抗議、説明要求を行ったが、現場にいた荒木らはこれに一切回答をせずに作業を続け、あるいは支援者らを茶化すような発言をした。これに対し、野宿者らが座り込むなどして抵抗すると、警備員はこれに対し、突き飛ばす、引きずり倒す、手足をもって宙づりにする、股さきにするなどの暴力を加えた。
こうした中、江東区は、野宿者や山谷労働者福祉会館らの江東区庁舎への抗議活動を予期し、そのための警備計画の策定を開始し、1月末にはその概要を完成させていた。

2 2月8日の代執行の状況

  そして江東区は、事前に2月9日の団交の約束がなされていたにもかかわらず、その前日である2月8日、移転未了であった一人の野宿者に対し、除去命令の代執行を強制した。その対象となった野宿者は、60歳代半ばの高齢であり、かつ、当時、体調が優れない日々が続いていたため、テント内の荷物整理が進まずにいたが、いずれは移転には応じるつもりであったため、本来、当日の代執行は全く不要かつ著しく不相当なものであった。にもかかわらず、江東区は有無を言わさずに暴力的な排除を断行したのである。

  この点は、吉田証言に明らかであるほか、弁護側請求のDVDにその状況が如実に記録されている。排除の経緯は次のとおりである。

2月8日の午前8時半、区の担当者が代執行宣言を聞き取れない程の早口で読み上げた後、荷物を「自分で片付ける」と言い続けていた当該野宿者の言葉を無視して、ヘルメットを被った作業員が突入し小屋を破壊し、私物を全て撤去した。
そして、責任者の指示のもと、職員らが当該野宿者を支えようとする吉田ら支援者の両手足をつかみ宙づりにする、引きずるなどして力ずくで引き離した上で、当該野宿者を職員やガードマンらが大勢で威圧的に取り囲んだ。威圧的で暴力的な職員とのやり取りの中で、当該野宿者は疲弊していたが、職員は無理矢理救急車に乗せ病院へ搬送した。その際、支援者が当該野宿者の体調を心配して同乗を強く申し出たのだが、職員らから同乗を拒否された。当該野宿者は、たった1人孤立された状態で公園から10キロメートルも離れた病院まで搬送させられたのである。
その日やっとのことで支援者が当該野宿者の搬送された病院に駆けつけると、病院からは既に退院したと告げられた。支援者が必死で病院近くを探すと、病院から少し離れた路上で、当該野宿者はうずくまっていた。
本件行政代執行は、以上のように、野宿者の生活を無視し、非人道的な強制として行われた排除であることは明白である。

3 2月9日の状況

  被告人らは、上記のような一連の江東区の違法行為に抗議し、かつ2月8日の代執行において江東区により撤去された私物の返還を求めるべく、2月9日の抗議活動を行った。当日の抗議活動の具体的内容は吉田証言及び被告人の供述によれば、その状況は以下のとおりと認められる。

(1)区庁舎での被告人らの抗議態様と職員の対応
すなわち、被告人らの抗議の具体的内容は、当時の土木部水辺と緑の課の課長であり、堅川河川敷公園野宿者排除の責任者であった荒木との面会(交渉キャンセルに対する抗議及び新たな交渉日設定)と私物の返還等であった。実際に担当にあたった仁平も、その趣旨に沿った証言をしている。すなわち、当日はもともと団体交渉が予定されていた日であり、被告人らの抗議要請は何ら不意打ちのものではなかった。

しかしながら、仁平剛男(以下、「仁平」という)ら窓口の職員は、被告人らの抗議に対し嘲笑的・侮蔑的な言動を繰り返しながら、ビデオカメラを回すなどして被告人らを挑発し続けた。そして、その頃すでに、周囲はジャンパーを着た体格のいい職員が何十人単位で並び、被告人らを取り囲むようになっていた。

当時、荒木は、通常通り勤務し、病院にも行かず、区役所内にて土木部長室に移動しており、同人がいつも着用するコートも水辺と緑の課の部屋にかかっていたことから「体調が悪いから」という同人のキャンセルの口実の虚偽は明白なものであった。にもかかわらず、荒木は、被告人らの要請を無視し、一切、姿を現さなかった。しかもこの際、抗議の現場にいた職員は、荒木が不在でありどこにいるのかも分からないと被告人らに繰り返し述べていたが、これまた全くの虚偽であったのである。

この点、検察官は、荒木の面会キャンセルは「当不当」の問題は生じても違法性の問題は生じないなどと主張している(論告要旨7頁)。しかしながら、上記のように虚偽に虚偽を重ねた面会のキャンセルと現場での対応は、本来役所に求められるべき誠実性を著しくを欠いたものであって、被告人らの怒りを呼び起こしたことは当然というべきである。

それでも被告人らは粘り強く抗議活動を行い続けた。ときに大きな声を出す場面もあったが、常に大声を張り上げ続けていたわけでもなく、抗議行動として通常の範囲内の態様であった。職員の対応は、終始嘲笑的で挑発的な不誠実なものであり、荒木との面会・私物の返還といった至極真っ当かつ実現容易な要求についても「所有権者がわからないから」(仁平証言)などと言う不誠実なものであった。
また、この種の団体交渉は、従来であれば、別室の会議室等にて行われることも多々あったが、この日はあくまでもカウンターでのやり取りに終始させられた。

(2)職員による強制退去命令と被告人らに対する強制排除

抗議活動を継続していたところ、突然、職員の高垣が強制退去命令を読み上げた。強制退去命令発動まで、高垣らその他の職員は被告人らに何らの警告もしなかった。まさに予告なく唐突に命令が出された。高垣は早口で強制退去命令を読み上げただけであり、それ以外に何の説明もしなかった。そのため支援者らは即座に事態を理解することが難しかったほどであり、高垣の上記読み上げは、その後の実力排除を開始するための形式的なものというほかはない。
江東区の窓口での対応はいかにも誠意を欠いたものであり、これにたいする被告人らの抗議行動は正当なものであったが、その最中での突然の退去命令であったから、被告人らは同命令に反発をし、どうにか庁舎内に留まろうした。すると、職員らは被告人らの腕や足を抱え込み、無理矢理庁舎外に叩き出したのである。

(3)強制排除後の状況
 被告人の供述によれば、庁舎からの排除後の状況は次のとおりと認められる。
 すなわち、庁舎外に叩き出された被告人は、何とか抗議活動を続けようと庁舎内へ入ることを模索した。しかし、出入口前には体格の良い職員らが仁王立ちでピケを張っており、庁舎内に入ることはできなかった。
 排除された被告人は、ピケを張っている職員に背中を押し付けたりしたが、これは庁舎外への強制退去という突然の暴力的で不当な区の対応に抗議するためのものであり、暴行に及ぶ程度でないことはもちろん、相手の意思を制圧する程度の行為ではなかった。せいぜい満員電車内で乗客が身体を押し付け合うのと同程度であり、このような態様が人の意思を制圧する程度のものであるはずがない。
 被告人は、計3回にわたり、区役所のガラスを足で蹴ることもしたが、これも排除への抗議のためであり、あえてガラスを割ろうという意思など微塵もなかった。ガラスの厚さは分厚く、被告人は少しくらい蹴っても割れることはないだろうと考えていたため、実際にガラスが割れた際にも特に強く蹴ったという意識はなく、その瞬間、被告人はしまったと思った。
 なお、蹴ったガラスはピケを張っていた職員らから離れた場所にあったものであり、職員らには何らの脅威も及んでいない。

4  江東区による一連の警備体制

 ところで、本件当時の江東区による警備体制については、主に当時の土木部道路課長の高垣克好(以下、「高垣」)の証言によると、次のとおりと認められる。

(1)すなわち、 江東区では、1月下旬の本件以前から、山谷労働者福祉会館活動家らを念頭に置いた抗議活動に対する警備体制が策定されていた。警備体制を策定し、主に対応に当たっていたのは、土木部と総務課であったが、規模の大きい警備をする場合には他部署の職員を警備要員とすることも計画されていた。警備体制は業務命令として敷かれ、担当の職員もあらかじめ決定されており、担当職員を集めて勤務時間中に警備の打合せをすることもあった。
  江東区は、山谷労働者福祉会館の活動家らの抗議を受けて、今年に入ってから実際に何度も警備体制を敷いており、警備体制をとっていた時間は1回につき1時間以上に亘ることもあった。

(2)本件当日の警備については、2月8日に行われた堅川河川敷公園における行政代執行に対する抗議対策として、2月7日には策定されていた。警備の段階は、レベル1から4までありレベル4が70人体制の最も厳戒警備であった。
  本件当日、抗議対応担当職員は、抗議活動者のブログにより本件抗議予定の事実を知り、庁舎管理責任者と協議をして、抗議者が区役所の駐車場入口に来た際に具体的な警備体制を決定するとの取り決めをした。そして、抗議者が来庁するやいなや、具体的抗議活動が開始されていないのに、抗議対応担当職員は、レベル4の警備体制を敷いた。警備要員は最高レベルの70名の体制であったが、対する抗議者の数はわずか10人であった。
  その後、被告人らが庁舎内から強制退去させられ、被告人がガラスを割ってしまい即座に現行犯逮捕された後になっても、警備体制は続けられた。警備体制が解除されたのは、被告人が警察署に連行された後2時間以上経ってからであった。

(3)以上のとおり、江東区では本件事件以前から、抗議活動者に対する警備体制が策定されており、実際に何度も警備体制を敷いていた。本件当日の警備体制は前々日に既に策定されており、10名の抗議者らが来庁するやいなや具体的な抗議活動もないのに即座に最高レベルの70名体制の警備体制が敷かれ、被告人が逮捕連行された後も午後7時25分に至るまで(高垣25頁)2時間以上にわたり警備体制は継続されたのである。
  これらのことからすれば、本件警備は職員のそれこそ通常業務としてあらかじめ予定されており、かつ、人数的にも時間的にも過大・過剰な警備であったことが明らかである。
  そして、本件警備体制の開始時期と解除時期からすれば、そもそも本件警備体制と被告人の具体的な抗議行動は無関係であることが明白であるが、この点は後に詳論する。

5 被告人の逮捕と本件公判請求に至る経緯

  上記4の経緯の後、被告人は現行犯逮捕されたが、その罪名は、器物損壊罪であった。被告人は、前記のとおり、ガラスを割ろうという意思などそもそも有していなかったため、思わぬ形でガラスが割れてしまったことについては決して本意ではなかった。区役所のガラスは区民の財産であり、抗議の過程で割れてしまったとはいえ、そのことについては弁償により責任をとる意思を、被告人は有していた。そこで、被告人は、本件起訴前の段階に、弁護人を通じて江東区から提示されたガラス交換費用50万3265円全額を支払い、被害弁償を行ったのである。

 しかしながら、検察官は、上記被害弁償の事実を知るや罪名を威力業務妨害に切り替え、公判請求を行った。
被告人は上述のように、江東区に対し弁償金全額を支払った。器物損壊罪は財産罪であり、損害の填補がなされれば可罰性は概ね減殺され、起訴の積極的理由は消滅する。にもかかわらず、別罪での起訴が断行されたのは、検察側が、何が何でも本件を処罰したかったためである。一連の堅川河川敷公園野宿者抗議行動に打撃を与え、運動を弱体化させること、及び、著名な市民運動家である被告人に対して報復・打撃を与えることといった恣意が働いた末の強引な起訴と言わざるを得ない。

第3 江東区の、堅川河川敷公園野宿者に対する行政代執行の違法性

1 居住権についての国際人権法

⑴ 「居住権」とは、安全で平和に尊厳をもって、ある場所に住む権利をいう。

居住権は、国際人権法上確立した規範である。国際人権規約は居住権を次のように具体的に定めている。
国連人権規約第11条1項(1966年)
この規約の締約国は、自己及びその家族のための相当な食糧、衣類及び住居を内容とする相当な生活水準についての並びに生活条件の不断の改善についてのすべての者の権利を認める。締約国は、この権利の実現を確保するために適当な措置をとり、このためには、自由な合意に基づく国際協力が極めて重要であることを認める。
そして、社会権規約を正確に理解するために必要なことは、同規約の国内的実施を各締約国に義務付けている2条1項を併せて読むことである。
国連人権規約第2条1項
この規約の各締結国は、立法措置その他のすべての適当な方法に よりこの規約において認められている権利の完全な実現を漸進的に達成するために、自国における利用可能な手段を最大限に用いることにより、個々にまたは国際的な援助および協力、特に、経済上および技術上の援助および協力を通じて、行動をとることを約束する。

⑵ さらに、国連において、居住権の保障・確保を実効的なものにするべく、数々の決議や意見の提起がなされている。

国連社会権規約委員会一般的意見4号(1991年)
少なくとも恵まれない層の犠牲において、既に恵まれている層の利益を図る政策や立法をしてはならないこと、また、現存する資源を最大限活用して最も早く全ての者の権利が実現されるような方策が採用されるべきであること。

強制立退きに関する決議(1993年国連人権委員会)
1 強制立退き行為は、人権、特に適切な住宅への権利に対する重大な違反であることを明言する。
2 強制立退き行為を無くするために、あらゆるレベルで直ちに対策をとることを各国政府に要請する。
3 現在強制立退きの脅威にさらされているすべての人々に対し、影響を被る当の人々の効果的な参加や彼らとの協議・交渉に基づいて、保有条件の法的保障を授与すること、強制立退きに対する全き保護を与えるためのあらゆる必要な措置を講ずることを政府に要請する。
4 強制的に追い立てられた人々やコミュニティに対しては、彼らの願いや必要に見合って、原状回復、補償、および/もしくは適切で十分な代替住宅や土地を、影響を被った当の人々やグループとの相互に満足のゆく交渉を経た後に、直ちに与えることを、すべての政府に勧告する。

第2回国連人間居住会議(ハビタットⅡ、1996年)
171の参加国が「住居は基本的人権の基礎である。国際文書に定められた充分な住居に対する権利の全面的かつ漸進的実現への決意」を全会一致で再確認し、「居住の権利宣言」として採択した。

国連社会権規約委員会一般的意見7号(1997年)
・ 立退きが実行される場合には、常に国際人権法が遵守され、かついかなる形態の差別も行われてならない。
・ 立退きが実行される前に、また大きな集団が関わる立退きの場合には、実力を行使する必要性を避ける、または少なくとも最小限に食い止めるために、影響を受けるものと協議しながら、あらゆる可能な代替案が模索されることを確保すること。
・ 立退きにより影響を受ける財産が、動産か不動産かを問わず、充分な補償を得る権利を確保すること。
・ 住居に対する干渉は法律で定める場合にのみ行うことができ、その法律は規約の規定・目的・趣旨にしたがっており、かついずれにしても特定の状況下において合理的なものであるべきこと。
・ 立退きにより、個人がホームレスになったり、他人の人権侵害に対し無防備になるような結果をもたらしてはならないこと。

国連社会権規約委員会一般的意見とは、経済社会理事会が設置した社会権規約委員会において同規約の解釈に関し作成、採択されているものであり、この一般的意見は、その性質上普遍的意義を有し、条約法に関するウィーン条約(昭和56年条約第16号)31条3項⒜の「合意」若しくは同項⒝の「慣行」又は同条32条柱書の「補足的な手段」に該当し、社会権規約を解釈するに当たっての補足的手段となるものである。
以上の国際人権規約の規定やそれについての一般的意見、その他国連における各決議をみれば、居住権が国際法上の具体的な基本的人権として保障されていることは明らかである。

2 国際人権規約の我が国における規範性

日本政府は、1979年に経済的、社会的及び文化的権利に関する国際規約(昭和54年条約第6号、以下「社会権規約」という。)を批准した。日本においては、批准した条約一般について他に何らの措置がなくとも国内法としての効力が認められ(一般的受容体制)、条約は少なくとも法律より上位の地位にあると解されている。
社会権規約11条及び2条1項により、居住権確保のための実施義務が我が国に課せられていることからしても、社会権規約の我が国における法的拘束力は明らかである。
したがって、条約である社会権規約は、法律である都市公園法より上位に位置し、これらの法律は同規約の内容に反することはできず、これらの法律は、同規約に適合するように解釈されなければならない。
この点につき、検察官は、社会権規約2条1項について「締結国において、居住の自由を含む権利の実現に向けて積極的に社会政策を推進すべき政治的責任を負うことを宣言したにすぎず、個人に対して直接具体的権利を付与したものではない」と述べ、一般的意見について「社会権規約に関する一般的意見も法的拘束力を有するものとは解されない」と述べる。
しかしながら、前掲の国際人権規約第2条1項に、各締約国は、居住権の完全な実現を達成するための行動をとることを約束する、とあることからしても、これに反する行動をすることは約束違反、すなわち規約上違法となることは明らかである。
このことは、仮に、社会権規約の各権利に具体的権利性が認められないとしても、同様である。具体的権利性が認められなくとも、社会権規約上の各権利には当然に法的利益があることには疑いなく(法的利益がなければ、基本的人権といえないのは明白である)、かかる法的利益を侵害する行為が正当化される理由はなく、違法となるのは明らかだからである。
以上から、我が国においても、居住権は基本的人権として尊重しなければならない。

なお、稲葉奈々子証人の証言(以下、「稲葉証言」という)にもあるように、2001年に、大阪・釜ヶ崎、京都・ウトロ地区の野宿者問題について、社会権規約委員会は、日本政府に対し次のような勧告を示した。

・ 委員会は、強制立ち退きについて、特に仮の住居からホームレスの人々を立ち退かせる、または長い間ウトロ地区に住んできた人々を追い立てることについて、懸念を抱いています。強制立ち退きについて委員会が特に懸念しているのは、裁判所による簡易な手続きで、特に理由を示されることなく、仮の立退き命令が出されてしまうということです。執行が停止されなければ、上訴する権利も無意味となり、仮の立退き命令は実質的に確定的なものとなってしまいます。これは委員会が一般的意見4と7で確認しているガイドラインに違反します。
・ 委員会は、すべての立退き命令、特に、裁判所が仮執行命令を出す手続きが、確実に当委員会一般的意見4と7に明記されているガイドラインに沿うように、日本政府が救済のための措置をとることを勧告する。

これは、社会権規約締結国であれば当然に同規約の定める義務を履践しなければならないところ、日本政府はその義務を履践しないばかりか、強制立退きを黙認し増長させるという同規約に反する行動をとっており、加えて、日本政府の義務違反を裁判所が放置するだけでなく、後押ししているといった事態について、同委員会が、基本的人権侵害状態であるとの勧告をしているのである。
このような勧告を、法的拘束力なしとの独りよがりで無思慮な見地から日本政府は無視し続けている。しかしながら、このような国際人権規約違反の勧告を無視し続ける態度は、卑しくも人権の絶対的価値を国際社会と共に共有していることを標榜する国家として、許されないものであり、恥ずべき態度である。
また、かかる態度は、日本国憲法前文「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。」の精神に真っ向から反することは明らかであり、憲法の精神に反する行政の態度が正当化される余地はない。

3 フランスにおける居住権奪還運動

稲葉証言によれば、以下のとおり、フランスでは、野宿者らによる居住権奪還運動が広がり、基本的人権としての居住権保障を実現するための努力が、行政や司法のレベルにおいても実を結んでいる。

⑴ 「住宅への権利運動」
自由主義経済のもとで不可避の貧困問題をめぐって、フランスでも野宿者問題が、特に1990年代から顕著に現れてきた。野宿者とその支援者らは、居住権確保のために「住宅への権利運動」と呼ばれる市民運動を展開していった。これは、パリ市や銀行等の公的性格の強い団体が所有する建物で空き屋となっている物件を居住のために占拠するといったものである。「路上生活を送る者がいる一方で、公的機関が空き屋をそのままにしているのはおかしい」とのメッセージとともに運動は繰り広げられた。
かかる運動を経て、1993年にパリ市で、「必要に迫られて空き屋を占拠した者を強制排除しない」ことを明記するコティ条約が制定された。
さらに、1995年、フランスの最高裁判所にあたる裁判所において、居住権保障を趣旨とする画期的な判決がなされた。それは、必要に迫られて空き屋を占拠した場合には、刑法には違反しないというものである。

⑵ 「ドン・キホーテの子供たちプロジェクト」
このように、居住権保障のための運動が繰り広げられていったが、十分な住居の確保までは厳しい道のりであった。かかる流れの中で、2006年12月に、世界的にも有名な「ドン・キホーテの子供たちプロジェクト」が展開された。
これは、野宿者及び支援者が、パリの観光名所としても有名なサンマルタン運河の遊歩道に簡易テントを建て、「野宿者の居住権を支持するならサンマルタン運河に来てください。野宿者が凍え死んでもいいと思うなら放置してください。」とのメッセージのもと、サンマルタン運河を簡易テントで占拠したのであった。
この運動は、人々の支持を得て、運河沿いは500近くのテントが立ち並び、やがてフランス全土に同様の運動が広がっていった。支持者には、多くの政治家も名を連ねた。
同運動の成功により、フランスでは、翌2007年1月に「請求権付き住宅の権利」法が可決され制定されたのである。

⑶ 人権保障を訴える市民運動の尊重
ア このように、フランスにおいても、何の障害もなく居住権の現実的な保障の必要性が共通認識となったのではなく、国際人権法の理解のもと、野宿者及び支援者の粘り強く、ときに直接的な運動の成果として勝ち取ったものなのである。
ここで、稲葉証言が示すように、フランスと我が国の間にある、基本的人権保障を求める民衆運動の扱われ方に差異があることを見逃してはならない。
すなわち、フランスにおいては、居住権が国際人権法上確立した基本的人権であることは常識であり、また、基本的人権という公共性がその他の公共性と比べて劣位に置かれることはあり得ないとの理解のもと、基本的人権たる居住権が、たとえば都市開発の必要性といった公共性よりも劣位に扱われるなどということが正当化される余地はないとされる。
この論理的帰結として、基本的人権保障を訴える社会運動が、仮に空き家占拠のような違法な方法を採った場合、それは方法としては確かに違法ではあるかもしれないが、訴えとしては正当性が認められるといった理解が社会通念となっている。
したがって、かかる社会運動の一環として抗議行動をする際に、支援者が逮捕され、起訴までされるといった事例は、稲葉証人の知る限りでは一件もないのである。
イ これに対して、我が国の江東区についてみれば、恥ずべきことに行政が基本的人権としての居住権をまともに理解していないばかりか、居住権侵害に対する抗議行動の一環である被告人の行動が、犯罪化されるという有様である。このようなことでは、我が国においては、民主主義の大前提である政治的表現の自由が権力側によりコントロールされるという、現代人権尊重国家として忌々しき事態が起こっていると言わざるを得ない。

4 本件における居住権の蹂躙

本公判廷で取り調べられた弁護側請求DVD及び吉田証言から明らかなように、2012年2月8日、代執行対象地域に残っていた1軒の小屋から、居住者が連れ出され、その小屋は収去された。かかる江東区の行為は、以下で詳述するように、違法な強制立退きであることは明白である。

(1) 行政代執行の手続きによって人を排除することの不当性、違法性

ア 代執行とは、他人が代わってなすことができる代替的作為義務について、これを履行しない義務者に代わって行政庁がこれを行う制度である。
ゆえに、行政代執行により履行の確保される行政上の義務は、いわゆる「為す義務」たる作為義務のうち代替的なものに限られるのであって、明渡し乃至立退きの如き、いわゆる「与える義務」は含まれない(大阪高決昭和40.10.5)。言い換えれば、代執行により、物を撤去することや、移転すること、壊すことなどをすることはできるものの、人を移動させることや、締め出すこと、追い出すことをすることはできないのである。
イ 本件除却命令は、文言上は物件の除却を命ずるものであるものの、対象物件たるテント等は野宿者らの生活の場としての住居そのものである。対象物件の除却により、対象野宿者はその場所で起臥寝食をすることができなくなる。テントは対象野宿者にとって居住空間そのものであり、工作物としてのテントによる公園の占有と野宿者の居住という生存の確保は不可分一体にあるものである。そうであるから、対象物件の除却は、対象野宿者が当該場所で生活することを止めさせ、その場所から出て行かせること、すなわち、野宿者の居住を奪い、ひいては野宿者の生存自体を奪うことになるのである。
したがって、本件除却命令によって対象野宿者らに義務付けようとしていることは、文字通りのテント等の物件の除却では決してなく、対象場所たる本件公園の明渡し乃至立退きなのである。
ウ また、本件代執行は、その執行過程に明らかな違法がある。
すなわち、吉田証言から明らかなように、吉田証人ら支援者は、代  執行外にいる対象野宿者に付き添っていたのにもかかわらず、両手両足を抱えられ、対象野宿者から遠く離れた場所へ排除された。
代執行場所にて、代執行に伴い相手方らの抵抗を排除するために行 政庁が有形力を行使することも制度上認められていない。それを置いたとしても、代執行エリア外で行政が有形力を行使することは尚更、適法の根拠を有しない。
したがって、本件代執行過程には、違法な有形力行使がある。

(2) 本件行政代執行の居住権侵害
仮に、本件行政代執行が目的面・手段面・手続面で、法的に問題がな  かったとしても、国際人権法に照らせば、居住権侵害は明らかである。

ア 本件の居住権は自由権的権利であること
住居の確保等、請求権的側面の居住権には、財政問題等が関連することから行政の裁量が認められるのは妥当である。
しかし、野宿者の野宿としての居住権保障については事情が異なる。野宿者の公共空間でのテント居住としての居住権の保障は、行政に何らの積極的作為を求めるものではなく、その状態での居住を尊重されれば確保できるものだからである。したがって、本件の野宿者らの居住権についても、憲法・国際人権法上の居住権の法的拘束力は直ちに認められるのである。

イ 強制立退きの正当化事由が不存在であること
   自由権的側面の居住権が制約される場合である強制立ち退きは、前掲の各種国際決議・意見に照らせば、国際法上極めて制限的な場合でしか正当化されない。少なくとも、a高度の正当化事由が存在すること、b適正手続の保障及びc適切な代替措置がとられること、の各要件を満たすことが必要である。

a 高度の正当化事由の不存在
本件についてこれをみれば、本件公園工事はスポーツ公園としてのリニューアル工事であり、野宿者らの居住ひいては生存を奪うことの正当化自由になりえないのは明らかである。

b 適正手続違反
   ① 繰り返し述べているように、代執行区域に一つだけ残っていた小屋の居住者は、高齢かつ体調が優れないため移転準備が遅れていたが、少しずつでも移転の準備をしていたのであり、移転の意思を示していた。
   ② この一つ残された小屋の移転について、江東区と野宿者側の了解のもと、2月9日に話合いが予定されていた。
   ③ 代執行期間は、2月10日までであり、2月9日に話合いが約束されていたことから、野宿者側としては、当然に、2月9日の話合いまでは代執行がされないと考えていた。
   ④ ところが、江東区は話合いを突然キャンセルし、話合い予定日前日の午前中に抜き打ち的に代執行が実行した。
   ⑤ そして、代執行の態様といえば、当該野宿者及び付き添っていた支援者を、この者らが代執行区域外に追いやられた後もなお遠方に排除すべく、宙吊りにして無理矢理に追い出したという、強引で横暴なものであった。

上記について、仮に2月9日の話合いのキャンセルが江東区側担当者荒木の体調不良だったとしても、その前日に行政代執行を抜け駆け的に実行する合理的理由はない。2月9日の話合いをキャンセルした上で、翌日の10日に代執行を実行するのであれば、辛うじて合理性はあるだろう。そうではなく、8日に実行したというのは、9日に話合いを予定することにより、その日までは代執行はないだろうという期待を抱かせることで、野宿者及び支援者の警戒を緩ませ、その隙に代執行を行えば、強制立ち退きをスムーズに行うことができるとの魂胆があったとしか言いようがない。実際、2月8日、野宿者及び支援者は、よもや代執行が実行されるなど思いもよらなかったことから、警戒を緩めていたのである。

このように、江東区が行ったことは、住民に対する騙し討ちに他な らず、仮に行政代執行法上の手続きが履践されていたとしても、居住権保護の見地や信義則上、適正手続違反である

c 適切な代替措置の不存在
この点につき、区は、自立支援法に基づく竪川河川敷公園路上生活者自立支援事業の施策により代替措置は満たされていると主張するが、施策の実態をみれば代替措置とは見かけばかりで内容を伴わないものと言わざるを得ない。
すなわち、
・同施策は、野宿者に対し無料でアパートを提供するものであるが、期間は1年間限定である。
・留守中に区職員らが居住者の許可なく解錠して住居に立ち入ることを認める内容の同意書への署名を強要される。
・尊厳ある自由な個人としては屈辱的な内容の誓約書への署名を強要される。
・契約の実態はサブリース契約である。

このように、同施策は便宜的な一時しのぎの救済策に過ぎない。また、  無料アパートに入居すれば、野宿者らが本件公園居住により培ってきたコミュニティは消滅し、各人は孤立してしまうことになる。入居期間内に適当な職を見つけられなければ、結局野宿の暮らしに戻ることになる。助け合っていた仲間と引き離されコミュニティを失った状態で野宿に戻れば入居以前に実現できていた野宿での自立の道さえも失われることになる。このように、被野宿者の施策は、一時しのぎの欺瞞な施策であるばかりでなく、現状で自立を確保している野宿者の自由を奪い、尊厳ある生存を破壊しかねないものなのである。
以上から、同施策が適切な代替措置ということなどありえないことである。

(3) 行政代執行手続をとることの不必要性

またそもそも、本件では代執行によらずとも江東区の目的は達成され たのであるから、不必要な代執行を強行したといえ、その点からも本件代執行は違法な強制立ち退きにあたり、対象野宿者の居住権が不当に侵害されたのは明らかである。

① 従来から、野宿者らを含む本件公園の野宿者たちは、自らの尊厳  ある生存のために、本件公園内でのテント暮らしの必要性を再三被野宿者に対し訴え、被野宿者もそれを受けて話合いによる解決を約束し、両者の話合いが重ねられてきた。

② 2010年ころからの江東区の「追い出し策」転換後、野宿者は   工事に支障のないエリアに移転したことからも、野宿者らを含む野宿者は、ただ単純に、自らの尊厳ある生存のための最小限必要なこととして、本件公園でのテント暮らしを望んでいただけであって、公園工事の妨害を行ったものではない。
③ 対象野宿者は、高齢であることや体調が芳しくなかったためにや  むをえず移転が遅れていたが、少しずつ移転準備を行っており、このことを区担当者も認識してい
た。
④ その上で、移転の遅れている野宿者についての話合いが、行政代執行がなされた前日に予定されていた。
このように、話合いを継続することにより、平和的に両者の譲歩のもとで解決策を引き出すことは十分に可能であったのであるから、代執行による強制立ち退きの必要性は全くなかったのである。

(4) 小括
以上から、本件行政代執行は、代執行としての適法性を欠き違法であるし、仮に代執行そのものについては法的手続上問題がなかったとしても、適法な強制立ち退きとして許容される余地はなく、国際人権法及び憲法上の居住権を不当に侵害するものとして、違法である。

第4 江東区の、被告人らに対する強制排除の違法性、およびその効果

1 江東区の庁舎管理権限問題

 (1) 本件に於いては、江東区によって「警備計画」が策定され、その実施・実行によって、被告人らは実力排除され、更に入庁を実力阻止された(以下、両者を含めて「実力排除」という)。

 (2) しかし、そもそも江東区に来庁の市民を実力排除するなどの権限が存しているのか、甚だ疑問である。
検察官は、これについて、「江東区庁舎管理規則」を証拠提出し、この規則中に実力排除の条項の存在する事を以て、実力排除権限の根拠としている。
 しかし、これは単に内部的な規則であるに過ぎない。庁舎利用の技術的な細則について、区内部の職員に対しては、庁舎の所有者であり、庁舎に於ける区政業務の主体である江東区が規定することは可能であると思われるが、しかし、外部の人間である来庁者に対して直接に物理力を行使して実力排除する権限が、どうして存在するであろうか。
憲法31条からするならば、そのような権限は法律ないし条例によることなくしては発生・授権されないものというべきである。

 (3) 検察官は、上記のような管理規則自体の適法性・根拠を問おうとはしないために、それ以上は論じないなどという不当な態度をとり、明示しないが、或いは、江東区の庁舎所有権の権能を持出し、これを根拠づけるのであるかも知れない。
   しかし、所有権者であるならば、他人に対して自由に実力行使をすることが出来るであろうか。言うまでもなくこれは、司法権が市民に対して、いわゆる自力救済として厳に禁止しているところである。江東区が、「自分は所有権者であるから、所有権の権能によって、所有権を侵す者に対しては、自己の実力を以てこれを排除しうるのだ」というのであれば、一般市民が同様に行動することを、江東区も認めなければならないことになるであろう。

(4) もちろん、所有権者はいかなる全ての場合にも、実力を行使出来ないと言うのではない。一定の場合に正当な緊急行為として私の実力の行使が認められうることに争いはない。しかしそれは、厳格な要件の下に、一定の法益の権衡の上で、しかるべき態様に於いて初めて可能なのである。
   それ以外に区が「所有権者だから」として、市民に対して任意に実力を行使する権限はないものと言わねばならない。
 繰返して言うが、そのような即時の実力行使・強制は、消防法に於ける破壊消防・警職法による犯罪抑止行為・刑事訴訟法に於ける(私人をも含めた)現行犯逮捕・関税法に於ける私物の没収、法秩法に於ける退廷や拘束などを除いては存在していないのである。
 しかも、これらはいずれも国会の制定した法律によっている。
 江東区の内部規則に過ぎない規程によって、第三者である市民に対して公共空間でありながら、実力によって排除するなどという権限は到底存在しうべくもないことは明らかである。

2 江東区の実力排除の法的効果

(1) 以上であるにもかかわらず、江東区は被告人らを実力排除した。

(2) これは上記よりして、憲法31・33条に違反する違憲違法行為で  あった。

(3) ところで、本件に於いては、江東区の職員である村松・貝塚の業務が問題とされているが、本件当時、同人らが従事していた職務は、対象者に対して実力を行使するのであるから権力的業務であった。
   したがってこれに対する妨害は、公務執行妨害罪が問題になるところ、この罪が成立するためには、当該公務員の職務執行が、一般的にも具体的にも適法であることが必要であるとされている。
   だとするならば、本件警備計画・実力排除の根拠である江東区庁舎管理規則の法源性は、前記のとおりでしかないのであるから、結局、村松らの警備業務・実力行使は、その適法性の根拠を欠いており、違法な公務であったことになり、したがって、本件に於いて公務執行妨害罪の適用はありえない。

(4) 本件にあっては、被告人の行為が対象にしているのは、村松らの警備業務である(ただし「ガラス壁 云々については、全く無関係である)。
   それゆえ、この実体に即するならば、本件は公務執行妨害罪が問題とされる可能性があったものである。
   しかし、被告人の行為は、公務執行妨害罪の予定要求する暴行には、範囲・程度共に何ら達していないという実体があると共に、公務の適法性の問題も存した結果、これによる起訴ということは考えられない結果となったのである(なお、この問題は、後記「公訴棄却論」「無罪論」に於いて詳論する)。

(5) なお、上記の適法性の問題を措いたとしても、本件に至る経過の問題として十分に考慮される必要がある。すなわち、本件にあっては以下の経過が存したからである。

ア 江東区は、竪川の野宿労働者を支援する山谷労働者福祉会館らを、不当に違法視しており、野宿労働者らの強制排除方針決定と共に、支援者排除のための「警備計画」を策定した(1月下旬)。

イ 本件行政代執行の期間としては2月10日までが設定されており、前日の9日には、それまでにも協議を重ねてきていた関係団体との団体交渉が設定され、その場での話合いによる解決の結果、強権発動が何とか避止されることが期待されていた。にもかかわらず、区は、2月8日早朝の強制代執行に踏切ると共に、すでに約束されていた上記の団交をキャンセルする旨決し、8日夕刻に支援者側に通知した。

ウ これら一連の経過・状況からは、当然に、支援者らの反撥が予想された。そこで区は、これに対しては、警備体制による排除を以て対応することとした。そして、そのための人的態勢をもとられた。

エ 具体的には、<レベル4>(最高度)の警備体制をしくこととし、通常の業務に従事している職員の約70名に対して、動員の指示が有り次第、庁舎の所定の場所に移動して配備につくようにとの指示を行っていた。

オ 支援者団が区庁舎の駐車場に入った時点で、動員発令の態勢がとられた。
 そしてその後、上記指示を受けていた職員ら約70名に出動を命じ、各所に配備した。本件の担当者であった荒木水辺と緑課課長は、土木部長室に移動した。

カ 所轄課である水辺と緑課では、荒木課長について居留守を使い、徹底して不誠実な対応を行った。すなわち、課員には居場所ははっきりしていたにもかかわらず「分からない」と言い、しかも探そうともしなかった。更には、代替の責任者が応対するということもせず、代替の交渉日の設定ということも行わなかった。そこには、「この問題に関しては関係者との協議は行わない」との話合い拒否の姿勢が露骨に顕れていた。しかし、これは、従前からの荒木課長の公約と応対の実績には完全に違背したものであった。
  そして一定の段階で、実力行使による被告人らの強制排除を行った。
キ 庁舎入口では、村松や貝塚らが、被告人らの再入場を阻止する為のブロック態勢をとった。
   そして、入ろうとする被告人を実力で阻止した。 

(6) 以上の経過にあっては、江東区は徹底して不信義であり不誠実である。

   東京都の特別区が市民に対してこのような態度をとり対応をなすことは、憲法前文(国民主権)・同15条2項(公僕規定)にも違反するものである。
本件の評価にあっては、このことも十分に考慮される必要がある。

第5 本件は、憲法31条ないし刑訴法338条・14号によって、公訴棄  却さるべきである。

 1 公訴棄却論
 被告人を不当な手続から早期に解放するための公訴棄却については、 一般的にいわゆる公訴権濫用論に基づくとされてきた。
そして、これに関する判例として、チッソ川本氏事件についての最高裁判決が指導的なものとされてきた。
 しかし、この判決は大きな理論的限界を有しており、公訴棄却の上記趣旨については殆ど全く実効性のないものでしかない。
 このことを認識した学説に於いては、この限界を克服突破するために、種々の努力が続けられてきている。
 本件にあっても、そのような理論的地平から、公訴棄却が追求されなければならない。

 (1) チッソ川本事件に関する1980年12月17日付最高裁判決について

ア チッソ川本事件について最高裁第一小法廷は、1980年12月17日決 定を下した。そこでは、川本氏について公訴棄却した東京高裁の、情理兼ね備わった画期的「寺尾判決」の結論は維持されたけれども、しかし、公訴棄却一般については「・・・検察官の裁量権の逸脱が、公訴の提起を無効ならしめる場合のありうることを否定することはできないが、それは例えば、公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られる。」などと述べるに至った。

イ しかし、「検察官の広汎な訴追裁量権限」をまず措定し、そこからの逸脱とは、「職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られる」などという枠をはめるならば、殆ど全ての社会的背景・事件の特殊性は結局は排斥されることになり、論理必然的に検察の訴追裁量に追随せざるを得ないことになることが明白である。
  この最高裁決定は、検察官の起訴便宜主義・裁量権を不相当に重視し、結果、恣意的な起訴を全面的に擁護する結論となっているものであり、極めて不当である。

ウ そのような議論になった理由は、おそらくは、実定法的根拠としての刑訴法338条4号のいわゆる「公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき」の要件充足性に形式主義的に拘泥したことの結果、公訴権行使という検察官の手続行為の有効無効の観点からしか、問題を設定、検討していないからである。しかしてその時は、いわゆる<検察官の広範な訴追裁量権>に影響されることが避けられないこととなる。

エ しかし、例えば、形式的に構成要件に該当する行為を行いながら、自分以外の者は全て不起訴になりながら自分だけが起訴されれば、誰も納得がいかないであろう。社会も首をかしげる。その他、違法捜査や政治的起訴等々、その起訴自体は違法とまでは言えないかも知れないが、市民感情からして到底納得出来ない公訴提起は多々存在しており、これらを放置することは、正義の擬制的回復制度としての刑事司法の根幹にもかかわることとなる。

オ 検察官に訴追裁量権が与えられていることは事実ではあるが、しかしその裁量権の行使は適正でなければならないことは、改めて言うまでもない。
  しかして、この適正性を担保するためには、公訴権行使の適法性をという枠組みの中に於いて、その適法・不適法という議論をなしているのみでは、決定的に不十分である(そのような議論は必然的に、最高裁の如き無内容なものとなってしまう)。

カ 公訴権行使の適正性の実現、それは憲法の規定による規正・規範しかありえない。それは、基本的人権の侵害(憲法13条)、法の下の平等(憲法14条)、適正手続(憲法31条)という、検察官に裁量的公訴権を授権した上記規範である憲法自体の定める根本的規範による規正である。

(2) 公訴権濫用論の限界を克服した、新たな公訴棄却論

ア 公訴権濫用論の限界とその克服のための営為

a 最高裁の上記ような非現実的な議論は、公訴権濫用論について一定の検討の必要性を示唆している。
 最高裁決定のこの限界は、検討の視点・作業があくまでも「検察官の公訴提起行為の限界はどこか」に即して、「裁量権を有する検察官の行った、当該訴追行為を違法とまで言ってよいのかどうか」という議論に終始すると
ころの、公訴権濫用論の限界であったのである。

b 他方、下級審では、この判決とは別に、不当な起訴から被告人を早期に解放するための、営々とした努力が行われてきた。
  その典型が、例えば、憲法14条をも援用した「赤碕町長選挙違反事件」に対する広島高裁松江支部での控訴審判決(昭和55年2月4日)である。
  同判決は、
    「憲法一四条違反の差別捜査に基づいて、差別された一方だけに対して公訴が提起された場合、右公訴提起は憲法三一条に違反するから、差別の程度、犯罪軽重等を総合的に考慮して、これを放置することが憲法の人権保障規定に照らして容認しがたく、他にこれを救済するための
    適切な方途がない場合には、憲法三一条の保障を貫徹するため、刑訴法三三八条四号を準用ないし類推適用して公訴棄却の判決をするのが相
当である。」
 と判示し、公訴棄却の判決を下した。
 この判決は、現実へ適用能力を欠いた最高裁の理論より、はるかに妥当な司法としての発展性に富むと評価されている。

c 学説の努力
  当然ながら学説からも、最高裁のこうした非現実的な立場・議論に対して疑問が呈された。
  すなわち例えば、いわゆる実体法説(処罰不相当説)の立場から、
    「本来の意味での公訴権濫用にふさわしいのは『悪意の起訴』であり、その他のものを公訴権濫用論の名の下に論じることは、検察官の主観的意図の重視を導き、かえって議論を混乱させるおそれがあり、それらの問題は適正手続、あるいは被告人保護という観点から訴訟条件の欠如の問題として処理してゆく方がよい。」(鈴木茂嗣「刑事訴訟法」107~110頁)
  として、問題意識の提起と理論構築の試みが続けられているところである。

イ 訴訟条件論構成・憲法条項の直接適用ないし刑訴法388条第1号による公訴棄却、及びその論拠となる判例理論

a 最高裁決定の限界・根本的誤謬の理由は、議論の視点が直接の実定法で
 ある刑事訴訟法のレベルを離れることなく、不必要不相当に拘泥し、これら実定法規のそもそもの根本規範授権規範である憲法からの視点が一切欠落 していることにある。
  即ち、裁判所は日本国憲法より授権され、裁判権を専権的に行使しているから、裁判所は、いかなる裁判でも根本的には憲法の条項に則って裁判を行わなければならないにもかかわらず、現実はそれがなされていない。
  憲法的立場からすれば、起訴が手続的に有効か無効かということが問題 なのではなく、「そもそも刑事裁判をすること自体が、憲法の根本規範の秩序から相応しくないと端的に言わねばならない、そのような場合にどうするのか」ということである。刑事訴訟制度は、このような場合にいかに妥当な対応をなしうるのか、という訴訟理論こそが備えられねばならない。
  公訴提起の刑事訴訟法レベルでの有効性如何に縛られた発想ではなく、 憲法上裁判が可能であるのかとの訴訟条件論(憲法論的・実定法的)的発想への転換、拡大こそが必要である。

b このような発想は、実は、最高裁自身が採ってきている立場でもある。
  例えば高田事件判決(昭和52年12月20日)は、
    「(憲法37)条一項は、迅速な裁判を一般的に保障するために必要な立法上・司法行政上の措置を要請するにとどまらず、個々の事件につき、審理の著しい遅延の結果被告人の迅速な裁判を受ける権利が害されたと認められる場合には、具体的規定がなくても、審理打切りの非常手段がとられることを認める趣旨である。」
 と宣明し、憲法37条1項の直接適用により免訴判決を下した。
 この判決は、学会にも好感をもって迎えられ、さしたる反論もない。この判決は非常に意義深い判例であり、判例理論である。即ち、一定の重大な憲法違反的事態が生じている場合には、憲法条項の直接適用によって形式判決をなすべきとしたことである。
 なお、高田事件の場合、公訴棄却でなく免訴とされたのは、第一審裁判所が、迅速な裁判条項違反ということから「公訴時効成立の場合に準じ」との構成を行ったからに過ぎない。同判決の真骨頂は、憲法条項の直接適用による非常手段としての訴訟打切り、形式判決にこそある。その意味で、公訴棄却が特に否定された趣旨ではないから、憲法的形式判決として評価される。

c また、高田事件判決と合わせて、違法収集証拠排除問題に関する最高裁判決(昭和53年9月7日)にも留意されるべきである。大きな意義を有するこの判決は、次のように明言した。
   「証拠物の押収等の手続に、憲法三五条及びこれを受けた二一八条一項の所期する令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合には、その証拠能力は否定される。」
  これは、違法収集証拠排除問題について最高裁が、いわゆる違法排除説をとることを鮮明に打出したところの画期的なものである。この判決により、従前紛糾していた違法収集証拠排除問題全般について一応の決着がつけら れたのであるが、ここで、憲法35条が明言されていることは、極めて重要である。すなわち、刑事訴訟法の上位規範として憲法があることを明示することにより、「違法収集証拠であっても証拠物の証拠価値は変わらない云々」等の従前の俗論を完全に封じ、長く紛糾してきたこの問題に最終的決着をつけたからである。

d このように最高裁は、「不相当に長い裁判」「違法収集証拠の排除」について、刑事訴訟法レベルでの実定法的議論では本来的解決に至らない場合には、躊躇なく、刑事訴訟法の上位規範である憲法の立場から判断を下してきたのである。
 最高裁自身が採っている、こうした理論を前提にすれば、当然他の条項にあっても重大な憲法違反的事態の生じている場合には、当該条項を直接適用し、形式判決により被告人を早期に解放すべきであるし、それは可能であるという結論が導かれる。
  そして、憲法違反故の訴訟条件の欠缺によって、当該裁判所が被告人に対する裁判を行う権限を有しないものとなるがゆえに、刑事訴訟法388条第1号に基づき、公訴が棄却さるべきである。

2 本件は公訴棄却さるべきである。

(1) 検察破綻の実相

  ア 本件公判に於いて、検察が完全に破綻していることは、下記(第6章)に明白である。すなわち、本件にあって検察は、「被告人が江東区職員の通常業務を威力を以て妨害した」などと言っているが、しかし実態からするならば、通常業務をさせなかったのは、村松らに対して、被告人の行動とは無関係に警備業務に従事するように業務命令した江東区自身なのである。それゆえ、検察は通常業務をさせなかった者を起訴するというのであるならば、江東区の責任者をこそ起訴すべきであったのである。
  イ また、本件で特徴的なことは、村松らが業務として従事していた事が明白な警備業務自体が、被害法益とはされていないということである。
そうではなく、村松らの「通常業務の妨害」などという、解りにくく・迂遠な内容が、被害法益とされた。しかし、それは法的に成立たない犯罪構成であったこと、完全に破綻していることは上記のとおりである。
ウ 検察官は、なにゆえにこのような無理・無論理な公訴提起を行った   のか   ・・・・・?
    これには、実は、次の事情が存している。

  a 検察官は、江東区の職員等江東区内部の者ではないところの、被告人ら外部の者に対しても、江東区庁舎への管理権限が当然に及ぶものとして、本件に於ける江東区による被告他に対する、庁舎外への物理的な実力による強制排除、ならびに再立入禁止のための実力ブロック行動を適法として、これらの対象とされた被告人の行為を違法と非難している。

b しかし、果たしてそうであろうか。この権限について検察官は、江東区庁舎管理規則を以てその法的根拠となしているのであるが、これは失当である。
 法律・条例ではない単なる内部的な規則に過ぎない江東区庁舎管理規則に、外部者に対してそのような実力行使権限が存在しているとはいえない。憲法31・33条等の趣旨からそのようなことが認められてはならない。

c ところで、外部者に対する物理的実力排除行為、これが権力的業務であることは明らかである。したがって本件の場合に、被告人に対する水辺と緑の課カウンターからの排除行為や、村松・貝塚らのブロック行為は、彼らが日常的に行っていたデスクワーク等とは異なり、権力的公務である。

d だとするならば、村松や貝塚の本件業務に対する妨害行為に対する刑法的擬律は、威力業務妨害罪ではなく公務執行妨害罪である。
e では、本件に於ける被告人の行為に、公務執行妨害罪の成立に必要な、公務員に対して向けられた暴行脅迫が存在していたであろうか。そのようなものは存在してはいない。そもそも公務執行妨害罪の構成要件に於ける暴行行為は、その罪質からして通常の暴行罪に比してより高い程度のものであることが要求されている。しかし、本件に於ける「後ろ向きに体を押しつけた」などという行為がそのようなものに該当しないことは、一見して明白である。また、ガラス窓の破損は、公務員に向けられたものではないから、そもそも無関係である。

f また、公務執行妨害罪の保護法益としての公務は、一般的にも・具体的にも適法な業務であることが大前提である。しかし、上記a~cのとおり、その業務の適法性にも疑問がある。

g 以上、e・fからして、検察官は本件を公務執行妨害罪として起訴することは法理論上出来なかったのである。

h 一方、被告人の行為のうちガラス壁破損行為は刑法犯であることが明白であるが、しかし、これについては区民の資産を損じた事については全く本意ではなく反省した被告人から、江東区に対して決して少額ではない損害賠償がすでになされており、財産犯罪としては通常は、これ以上に敢えて刑事事件化することはないというのが一般的運用である。

i 結果、上記e~hからして、検察官には本来、被告人を起訴するだけの理由は無くなっていた。検察官は、被告人を起訴せず、釈放すべきであったのである。

j しかし、検察官はそうしなかった。
    竪川での強制排除に反対する運動を敵視する公安検察は、その弾圧を策し、また、原発・排外主義反対その他の多くの現場で活動しており、公安警察からして目障りそのものである園氏を弾圧し、運動現場から隔離しようと策して、何とか本件を刑事司法の対象にしようとし、威力業務妨害罪適用という無理を行って起訴し、長期間勾留したうえ、更に保釈に際しては、竪川も現場・江東区役所に行かないなどの不当な保釈条件(これらが、公判への出頭確保・逃亡防止・証拠隠滅防止等の、勾留の本来目的からは逸脱した無関係のものであることは明らかである)を要求して、運動に対する妨害を現に行っている。

(2月24日の取調に於いて木下検事は「いやー・・・、まさかガラス代を弁償できるとはね・・・。なかなか払える金額じゃないんだけどね」などと苦々しげに言った。弁護人の経験によれば、通常であれば、器物損壊事案にあっては検察官は、むしろ要求するようにさえして被害弁償を勧奨するものである。しかるに本件では、そのような勧奨はおろか打診なども全く行わなかった。そして、このような、正反対の態度をとったのである。これは、器物損壊罪による起訴・公判請求・勾留を予定していた態度であることが歴然としている。

     木下検事はその後、江東区の職員に対する事情聴取を精力的に開始し、27・28日付で「園達が来たことによって、業務に従事できなかった」旨の供述調書を作成し、被告人を威力業務妨害罪で起訴・公判請求した。そして、検察官は保釈に対して頑強に反対し、不当な条件を要求した。)

3 本件は公訴棄却さるべきである。

(1) 本件起訴は、明らかに、公安検察による、政治的な悪意の起訴である。

(2) 公安検察によるこのような起訴は、公訴権の濫用であり無効である。

(3) よって、本件は刑事訴訟法338条4号により公訴棄却さるべきで   ある。

(4) ないしは、刑事訴訟法338条1号によって、ないし憲法31条に  よって公訴棄却さるべきである。

4 本件公訴提起の構造

上記を明らかにするために、本件起訴の構造について検討しておく事と する。

(1) その通常業務を妨害された被害者として名前が記載されている村松・貝塚らが通常業務を行えなかったその理由・原因が、直接に、(山谷労働者福祉会館らの申入れ・抗議行動に対して過剰に反応していたところの)江東区からの業務命令であって、被告人の行動ではないという、本件の実体を直視して、これが犯罪として構成されるとするならば、以下のようになるであろう。
ア<村松・貝塚が通常業務出来なかったという結果を基礎とする場合>
この場合には原因行為者は、山谷労働者会館ら支援者という事になる。
イ<村松らに後ろ向きに体を押しつけるなどしたという、被告人の行為を基礎とする場合>
この場合には、妨害された村松・貝塚らの業務は、警備業務ということになる。

 (2) このア・イが、本件実体についてこれを犯罪として構成しようとした場合の、最も素直なものであろう。
しかし、以下のとおり、これは双方とも不可能である。

(3) アについて
a この場合、江東区による警備計画実施という第三者の政策判断・行動が介在しているために、支援者を原因行動者とすることには、結果との因果関係を認定することが出来ない。また、行為者の事実認識上も、これを犯罪の構成要素として認定することは不可能である。
b また、そもそも、行政庁に対する市民からの申入れ・抗議行動は、主権者として保障された行動であって、「支援者が駐車場に入った時点」などとの事態を以て、これを違法視するなどは、憲法上許されない
c よって、この構成は不可能である。

(4)イについて
a 警備業務の適法性の問題は、ここで措くこととする。
  b 村松・貝塚が当時従事していた業務は、対象者に対する実力行使をも想定した庁舎管理規則の実施としての警備業務であったから、権力的公務であった。それゆに、通説・判例によれば、被告人の妨害行為に対する擬律は威力業務妨害の本件に於ける被告人の行為に、公務執行妨害罪の成立に必要な、公務員に対して向けられた暴行脅迫が存在していたであろうか。そのようなものは存在してはいない。
    そもそも公務執行妨害罪の構成要件に於ける暴行行為は、その罪質からして通常の暴行罪に比してより高い程度のものであることが要求されている。しかし、本件に於ける「後ろ向きに体を押しつけた」などという行為がそのようなものに該当しないことは、一見して明白である。また、ガラス窓の破損は、公務員に向けられたものではないから、そもそも無関係である。
c だとすると、被告人を公務執行妨害罪を以て問擬する事も不可能である。

(5) 以上のとおりであって、事案を直視し、その実体に即した素直な法的構成をしようとした場合には、結果(通常の業務および警備業務)から出発して犯罪を構成しようとしても、或いは、被告人の行為から出発して犯罪を構成しようとしても、いずれもうまくいかないのである。

(6) 器物損壊罪が事実上終結したという状況に於いて、更に上記<ア>ないし<イ>で起訴・公判請求しようとしても、両者共大きな難点が存するという事態になったわけである。だとすれば、検察官としてなすべきことは決まっている。器物損壊について起訴猶予処分として被告人を釈放するということであった。

(7) しかし検察官はそうはしなかった。折角、ガラス破損という明確な犯罪行為によって現行犯逮捕され、現に勾留中であるその状況を最大限に活用し、
被告を更に勾留するということが、ここで追求されたのである。
 被告人が、原発問題や排外主義反対について、市民運動の現場で活溌に行動していることは、前歴によって、また関係資料によって明らかであった。(なお、被告人が「お前を逮捕したいんだよ」と警視庁の公安私服刑事から言われたり、現に、いわゆる「転び公妨」によって逮捕されかかったのは、つい最近のことである。また、緊迫しており、また今後江東区が連続的な排除を企図している竪川公園の現場で、被告人が再び活溌に行動することは、もとより公安警察・検察の好まないところであった。)
 
(8) そこで、被告人が器物損壊罪で現に勾留中であるというこの状況を活用するための奇策として案出されたのが、上記<ア><イ>から、適宜の部分を摘出した上で両者を結合するという犯罪構成であったのである。
 すなわち、被告人の行為は、「公務執行妨害罪の暴行」というには不足であるが、しかし、程度・範囲がより緩やかな「威力業務妨害の威力」とは認定されるかも知れないと考え、これの結果として、刑法的に対応すると思われる「通常業務」を持出して、一箇の犯罪と構成したのである。

(9) 起訴検察官であった木下検事に2月24日に、被害弁償の事実が報告され、資料が提出されるや、同検事は江東区職員の事情聴取を精力的に進め、27・28日の2日間に、14名もの職員の「通常業務が妨害された」との参考人供述調書を作成している。
   ここに、起訴検察官の方針転換があったことが明らかである。
   そして、この方針として案出され採用されたのが、本件を威力業務妨害罪として構成するとの奇策であったのである。

(10)これによって被告人は、威力業務妨害罪を以て起訴・公判請求され、接見禁止付の長期勾留に苦しめられ、また、現場の市民運動は大きな打撃を被るに至ったのであった。

第6 被告人は無罪である

1 被告人は、村松・貝塚らの通常業務を何ら妨害してはいない。

 (1) 起訴状記載の公訴事実によると、被告人は「村松らの胸部等に自己の背部等を数回強く押し当てる」などの行為によって、村松・貝塚ら江東区の職員の通常業務の再開遂行を妨害した、とされている。
(2) しかし、これは失当である。
   本件の事実経過に於いては、被告人の行為と、村松らが通常業務をなしえなかったことの間には因果関係が存在してはいない。

2 事実経過
本件の事実経過は、前記第2章に於いて詳述したところである。
今、本章を論ずるに必要な範囲で摘記すると、以下の事実が認められる(なお、これは第4章に於いて前記したところと同じ内容であるが、 重要な経過であり、また論述の便宜上、重複を敢えて厭わず、ここに再び掲出することとする)。

(1) 江東区は、竪川の野宿労働者を支援する山谷労働者福祉会館らを、不当に違法視しており、野宿労働者らの強制排除方針決定と共に、支援者排除のための「警備計画」を策定した(1月下旬)。

(2) 本件行政代執行の期間としては2月10日までが設定されており、前日の9日には、それまでにも協議を重ねてきていた関係団体との団体交渉が設定され、その場での話合いによる解決の結果、強権発動が何とか避止されることが期待されていた。にもかかわらず、区は、2月8日早朝の強制代執行に踏切ると共に、すでに約束されていた上記の団交をキャンセルする旨決し、8日夕刻に支援者側に通知した。

(3) これら一連の経過・状況からは、当然に、支援者らの反撥が予想された。そこで区は、これに対しては、警備体制による排除を以て対応することとした。そして、そのための人的態勢をもとられた。

(4) 具体的には、<レベル4>(最高度)の警備体制をしくこととし、通常の業務に従事している職員の約70名に対して、動員の指示が有り次第、庁舎の所定の場所に移動して配備につくようにとの指示を行っていた。

(5) 支援者団が区庁舎の駐車場に入った時点で、動員発令の態勢がとられた。
 そしてその後、上記指示を受けていた職員ら約70名に出動を命じ、各所に配備した。本件の担当者であった荒木水辺と緑課課長は、土木部長室に移動した。

(6) 所轄課である水辺と緑課では、荒木課長について居留守を使い、徹底して不誠実な対応を行った。すなわち、課員には居場所ははっきりしていたにもかかわらず「分からない」と言い、しかも探そうともしなかった。更には、代替の責任者が応対するということもせず、代替の交渉日の設定ということも行わなかった。そこには、「この問題に関しては関係者との協議は行わない」との話合い拒否の姿勢が露骨に顕れていた。しかし、これは、従前からの荒木課長の公約と応対の実績には完全に違背したものであった。
  そして一定の段階で、実力行使による被告人らの強制排除を行った。

(7) 庁舎入口では、村松や貝塚らが、被告人らの再入場を阻止する為のブロック態勢をとった。
   そして、入ろうとする被告人を実力で阻止した。 

(8) 午後5時前頃、被告人はガラス壁を破損し、現行犯逮捕され、警察官に引致された。

(9) 区はなおも警備態勢を解除せず、村松・貝塚らは警備業務に従事した。

(10) 最終的に区が動員解除したのは、被告人逮捕から約2時間半も経過した後である午後7時25分であった。

3 法的問題点
以上の事実関係を前提に、その法的問題性を検討すると次のとおりである。

(1) 被告人の行為時に、村松らの従事していた業務は何か。

ア これは、<レベル4>の警備計画に従って命令され、午後7時25分までも残業して従事した警備業務であることが明らかである。
    すなわち、決して、通常の業務ではない。

  イ そうすると、村松らが、通常業務が出来なかったのは、被告人の行為とは関係が無く、「警備業務に就け」との業務命令に従ったからである。 

 ウ この業務命令は、抗議団が駐車場のところに達したときに発令が検討され、また被告人逮捕後も2時間30分にも亘って維持されていた事に明らかなように、被告人の行為とは無関係に発出されていた。

エ 検察官は、いかにも「被告人の行為の為に、村松らは通常業務再開が出来なかった」かのように言っているが、これは失当である。仮にもしそうであったのであるならば、
    被告人が逮捕され警察に引渡されて、庁舎現場に戻ってくる可能性が全く無くなった後にも、なお2時間30分もの長時間、村松らは庁舎入口に動員され続けていたのか、 明らかに、説明がつかないのである。
しかしそれは、起訴状記載に素直に従って、警備業務の対象が被告人だと考えるから説明がつかないのであって、そうではなく、当日の事態の実体に従って、警備計画・警備業務は、山谷労働者福祉会館等の支援者を対象にしていたのだ、と把握するならば、何の矛盾も無く、直ちに了解可能である。

  オ よって、被告人の行為と村松らが通常業務出来なかったこととの間には、因果関係が存在していない。

カ なお、上記経過に明らかなように、当日の区の意識に於いて対象とされていたのは常に、山谷者労働福祉会館など支援者の支援・抗議行動であったのであり、直接に被告人の行動であったのではない。
   しかし、そのような行動それ自体を違法行為視することは許されない。
(起訴状も、そのような構成はしていない)

キ いずれにせよ、村松らは業務命令に従って、通常業務から離れて警備業務に従事していたのであって、その意味では、村松らに通常業務をさせなかったのは、(山谷労働者福祉会館らに過剰に反応している)区自身であった。

(2) よって、起訴状記載の被告人の行為と、同じく記載の業務の出来なかったことの間には因果関係が存していないから、被告人は無罪である。

(3) なお、以上によって、検察官の起訴状に記載された「公訴事実」の弾劾としては十分であると考えるが、念のために若干の付論をなしておく事とする。

ア 業務妨害罪は危険犯であるとの考え方について
a 本罪については、これを危険犯であるとして、結果の発生までは必要ないとなす考え方が無いわけではない。
  b 弁護人は、このような考え方については反対であるが、今この点を措いたとしても、本件は無罪であることを明らかにしておく。すなわち、
c 仮にこの考え方に立った場合、
    ⅰ そこでは妨害されるべき業務Aが存在しており、
    ⅱ これと対応関係にあるものとして、Aを妨害する可能性があるべき定型性の存する行為甲が業務妨害行為として措定され、
    ⅲ 甲の存在を以て犯罪が成立した
となされるわけである。
d しかし本件の場合には、甲と対応すべきAがそもそも存在していないのであるから、甲はA業務の妨害行為ということはできないことになるのである。
e 他の事例に即して考えてみることとする。
    かつて、競馬場に釘を撒いた行為が、威力業務妨害行為であるとされた事案がある。しかし、仮にもしこの競馬場がすでに廃止されており、馬が通行するという可能性、すなわち競馬場の業務が客観的に皆無であった場合に、この釘の撒布行為を以て、競馬場の業務を威力を持って妨害したと言うことは出来ないであろう
f 本件は、これと構造を同じくしているのであって、そもそも被告人に業務妨害行為があったとは言いえないのである。
したがって、本罪を危険犯と考え、結果の発生は不要となした場合であっても、被告人は無罪である。

イ 故意の不存在について
a 本件に於いて、村松・貝塚らの通常業務を威力を以て妨害したというためには、本罪を目的犯とまでは考えないとしても、この威力行使の際に、
村松・貝塚らの通常業務を妨害することになるとの事実、因果の流れについての認識の存在していたことが明らかに必要である。
b しかしながら本件当時、事実として被告人は、入口をブロックしている体格のよい2名の人物は、その服装等(ジャンパー・トレーナー)からして、てっきりガードマンであると思い込んでいた。江東区の職員であるなどとは思いもよらなかったのが実情である。
c したがって、自分が通行を要求して後ろ向きに体を押しつけた際にも、それによって、江東区の職員の通常業務の妨害になるなどという認識は、全く有していなかったものである。
d したがって、被告人には威力業務妨害の故意が存したとは言えない。

(4) 以上、全ゆる面からして、被告人は無罪である。

第7 結 語

1 本件起訴は、現在の政治情勢に於ける、竪川河川敷公園からの強制排除問題・脱原発運動や排外主義反対運動における被告人の位置等に着目した、思想・公安検察による政治的・悪意の起訴である。 
その無理の結果、検察主張は、前述のとおりの大きな背理・矛盾をかかえることとなった。

2 ところで、弁護人からのこの指摘に対して、検察官は論告に於いて「荒唐無稽」などと難じた。しかしここで、弁護人は、この言葉をそっくり検察官に返戻せねばならない。
 そもそも、本件に於ける被害法益の問題(村松・貝塚らの通常業務は一体誰によってなさしめられなかったのか・・・・)は、本件訴訟の当初から弁護人から指摘してきたところである。
しかし、検察官はその論告に於ても、この問題に答える事が出来なかった。
   当然である。通常業務をなさしめなかったのは、江東区自身であるからである。
   したがってこの問題は、そもそも起訴できない案件を、被告人に対する悪意から、「何が何でも起訴せねばならない」と苦心惨憺した起訴検察官が、それゆえに重ねた無理から出来したところの、アポリアとでも言うほかない、絶対的な矛盾なのである。

3 このような検察官の姿には、或る有名なエピソードが想起させられる。
すなわち、いわゆる「帝人事件」判決である。この事件は戦前に於ける著名な冤罪事件であるが、東京地裁は、その無罪判決(昭和12・12・16)に於いて次のように書いている。
    「・・・検察の主張は、水中に月影を掬するが如き・・・・」
 ところで、この判決文を起案したのは、当時左陪席として審理に関与した石田和外裁判官(後の最高裁長官)であるとされているが、当初の案文では
    『猿(弁護人注 ましら)が水中に月影を掬するが如し』
  という、一般に行われている文章そのものであったという。つまり、検察主張は、丁度おさるが枝からぶら下がって、池に映っている(実体ではない)月の影を掬い取ろうとしているような、根拠の無い荒唐無稽なものでしかないと言っていたのである。
   しかしこれでは、「検事が猿ということになってしまって穏当ではないのではないか」との意見が部内から出た結果、「猿(ましら)が」の言葉が削除され、単に「水中に月影を掬するが如し」と改められたと伝えられている。

4 戦前は、裁判官と検事は同じ司法省の役人であったから、そのような遠慮もなされたのかも知れないが、しかし日本国憲法の三権分立制度下にあってはそのような配慮も無用であるから、我々は端的に言わねばならない。
   「(被告人が、村松らの通常業務を妨害したなどという)本件に於ける検察官の主張はまさに、『猿(ましら)が水中に月影を掬するが如(き)』ものである。」
まさに、本件起訴は、公安検察官僚の狡猾な○○知恵とでもいうほかないものである。

5 しかし、そのようなものではあっても、これによって被告人や被告人の関与する市民運動が被った被害には甚大なものがあった。それは、被告人から直接に語られるであろう。
   悪意の起訴は、十分にその目的を達したのである。
是非、裁判所におかれては、事態の真実を直視され、市民にこれ以上の被害が発生することの無いよう、適切な判決を下されることを、強く要望する次第である。
また仮に、公務員に対して、その通常の業務以外のことをさせることは業務妨害であるなどという本件起訴状記載の思想が認められるならば、公務所の許容しない、市民の陳情・請願・抗議等の行動も全て業務妨害であるとされかねないことになってしまうであろう。これは、<公務員は公僕である>
との憲法15条趣旨にも反する重大な事態であると言わねばならない。
   本件の有するこのような憲法的意義にも十分な配慮のなされた判決を望む次第である。

以 上

広告

solfeb9 について

【カンパ振込先】 ゆうちょ銀行 振替口座 00120‐7-362640 口座名称:坂本 健(サカモト ケン) ※ 通信欄に「2.9竪川」とご記入ください 他銀行からの振込の場合: 019(ゼロイチキュウ)店 当座 0362640 ※銀行振込の場合、振替用紙のように通信欄がないためメッセージが添付できません。メールアドレス:solfeb9(アットマーク)gmail.com の方へ入金次第を連絡していただければと思います。
カテゴリー: info パーマリンク